ひょっこりポンカン島

獅子が舞う石工とポンカンの里天草市下浦町

しもうらリレーブログ第12回「釣り人エレジ-(哀歌) はたまた:愛歌、藍海、・・・・」

釣り人エレジ-(哀歌)
はたまた:愛歌、藍海、・・・・
川﨑 宏

【プロロ-グ】
「釣りは楽しいな」とはじめて思ったのは、小学校高学年の頃。
家の前を流れる後小手川(小手川の支流)を中心に、夕方(いわゆる夕まずめ)や大雨の後の増水した川で、竹で作った竿、テグス、ウキを使ったフナ(鮒)釣りをした頃からです。狙いはあくまでもフナ(ヤンブツ=カワムツ?ではなく、フナです、フナ。これは釣り人のこだわり、いわゆる本命魚)です。
石の下や畑で調達したミミズを餌にして川の深場、トロ場に仕掛けを放り込むとウキを勢いよく消し込み、潜ろうとするフナの力強さがたまりませんでした。
当時はフナも大きく25cmくらいのもの(満足感あり)が釣りの対象でした。そういえば自然が豊かな小手地区でも、最近はフナの姿もあまり見かけなくなりました(たまに小手新田の用水路?川?《建築工房さんの前》に小さなフナが群れているところを見かけます)。余談ですが大きなスッポンも時々います。
タイムスリップして、50年くらい前の田んぼや後小手川のようす。田んぼには、タニシやドジョウ、ゲンゴロウ、ミズスマシ・・・・
川は水量が豊富で、逆飛び込みのできる場所もあったっけ。飛び込むと泡がきらきら光り、水も透き通っていました。もちろんフナやヤンブツはたくさんいて、季節にあわせてアユも団体さんで遡上していました。アユは棒で川面をたたいて捕ろうとしましたが、なかなか捕獲できず、逃げられてばかり。ダクマ(手長エビ?)やもずくガニもいて、ホタルなんて、現代のホタルの名所にも負けないくらいたくさんいました。大名竹の笹をぬらして大量に捕獲。瓶に入れると・・・・「蛍の光~♪♪・・・・」、とはいかず勉強しようとしてもさすがに暗かったです。
川には(もちろん時々は田んぼにも)ウナギもたくさんいて、農薬が流れ込んだときはたくさんのウナギが腹をかえしていました・・・・(当時は環境破壊がすさまじかった)。
その後、フナをおさえて本命魚に躍り出たのが今は高級魚(魚かな?)のウナギ。
50cmくらいの長さの竹の先にウナギ針を固定してミミズをつけ、めぼしい穴に入れるとグググと引き込む力強さ。必死こいて穴から引きずり出していました。穴の住人の半分は蟹でしたが、これはすぐに餌を離し足が出てくるので見破ることができます。
当時、釣れたウナギの立派だったこと。身近な自然の中で手に入れて家族で食べていたウナギが、今では国産なら一匹2,000円以上で売られています。ウナギ飯を注文すれば3,000円?・・・・勉強せんで自然の中で遊びまくっていた懐かしい古きよき時代です。(最近は、シラスウナギが闇取引されていて、嘆かわしいですね)

中学生になったらウナギ以外の川釣りは放棄。同級生と艪漕ぎ船に乗って、血塚島周辺のガラカブやベラなどを何回か釣りに行きました。ところで、艪漕ぎをしたことはありますか?はじめは漕いでも漕いでも円を描いてくるくる回るだけなんです。でも、練習を積むと片手でも真っ直ぐに船が進むようになります。今は、たぶんできませんが・・・・海の魚も豊富でいっぱい釣れたな。ついでに血塚島にも上陸して探検。
下浦湾には地牡蠣もたくさんいて、生牡蠣がたくさん食べられました(今は規制中)。
そういえば、船場から五色島に泳いで渡って上陸し、再び泳いで帰ったこともありました。途中で長水丸という名前だったか、大きな船の姿が見えるとさすがに怖くて航路から逃げていました。・・・無謀な冒険にも思えますが、それなりの安全対策として、救命ブイ代わりの材木も一緒に連れて泳いでいました。今の子どもたちはこんなことをすればこっぴどく叱られるでしょう。絶対にまねしないでください。

【初めての磯釣り】
時は流れて・・・・残念ながら学生時代は釣りをする機会に恵まれませんでした。やっと釣りを再開したのは、就職して10年以上経った30代後半。西合志の同じ職場に釣り好きな先輩がいたことがきっかけでした。
だまされて? 誘惑されて?・・・・磯竿を買わされてしまいました。それなら今までやったことのない釣りをしようと3人で初めての磯へ。その磯は、中神島(三角西港の北側の水道に位置します)の島原向きでした。
で、・・・・釣れちゃいました。チヌ狙いだったのに外道(今は本命)のクロが、2枚も。大きさは30cmはなかったと思いますが、瀬際へのつっこみにとても興奮しました。ただ、崖を伝って反対側の三角西港側へ移動したときは本当にへばりました。でも、釣り上げたクロは生きていて、生命力にビックリしました。

それからの狙いは堤防・磯からのチヌ・・・・チヌ釣りは、松島編(上天草)、下浦編、御所浦編・・・・とありますが、紙面の都合上下浦編を紹介します。

【チヌ釣り(下浦編)】
下浦湾周辺は、チヌ釣りのベストポイントの一つです。海岸に車を止めて海をながめれば磯際にはチヌの群れ、という光景も少なくありません。しかも、相当デカイ、でも見えている魚はなかなか釣れないのよね。
地元に帰って、下浦でチヌ釣りをした主な場所は、戸の崎漁港、石場、金焼の沖波戸です。
◇ 戸の崎漁港の巻
初めて下浦で釣りに行った所です。今は改修されてテトラも堤防も大きくなって釣りにくいですが、昔はテトラの上からでもあまり無理せずに竿が出せました。
学童野球の大会(当時は監督)が大津であって、決勝で負けてがっくりしている私 にくだんの釣りの先輩が「今から天草に釣りに行くけん、用意せんば」と一言。
「え-」(よく解釈すれば、落ち込んでいる私を元気づけようという気持ちだったのでしょう)ということもできずに、家族に断りを入れ、半ば強制的に車に乗せられ、3人で一路天草へ。この行動に家族が茫然自失だったのはいうまでもありません。
そして、連れてこられた?のが戸の崎漁港。
しかし、・・・・一晩中大雨で釣りどころではなく、何もせずに家路につくことになりました。実家に立ち寄ることもなく(このことは親は全く知りませんでした)、一体何をしに来たのか分かりませんが、一緒に来た釣友である先輩は、その後金焼小の教頭として赴任されることになります。金焼と赤い糸で結ばれていたのか、不思議な縁ですね。
後で紹介する金焼港でも何回も一緒に釣りをすることになりました。


【戸の崎漁港:昔は堤防も低かった:奥は横島】

《※ この釣行は、その後、熊本から何回も天草に単独釣行するきっかけにはなりました。でも、なかなかチヌを釣ることはできませんでした。》

◇ 石場の巻
石場港でも釣りましたが、民家の迷惑になりそうで、ここは早々に遠慮。石場の大曲がり(松室五郎左衛門氏の墓の入り口)で釣りをしました。昔は真珠棚があり、そこにたくさんのチヌが付いていて、浅瀬を群れで泳ぎ回っているのが見えました。
初めて釣った時に仕掛けを入れてすぐにあたりがありましたが、真珠棚のロ-プに絡まりバラシ。
ふるえる手で、次の仕掛けを作って投げ込むとすぐにあたり。今度もロ-プに絡みそうになりましたが、何とか引きずり出して40cmオ-バ-をゲット。
自慢げに天草の職場の後輩(今でも年に何回か一緒に釣行しています)に話したら、彼はその後52cmを釣りあげ、複雑な心境(釣り友達には負けたくない釣り人の『あるある』です)に。いや凹みました。
ここには何回か通いましたが、真珠棚の持ち主に申し訳ない気がして(赤土などは使っていませんが、仕掛けがロ-プに絡まったりするので)、しばらくしてからここでの釣りを止めました。


【石場の大曲がり:奥は血塚】

◇ 金焼港の巻
石場での釣りをしながら、チヌ釣りのいい場所はないかいろいろと調査していまし たが、偶然いい場所を見つけました。それは金焼港に立ち寄った時のことです。沖に伸びる堤防(写真左側)に2~3人がいて、竿が頻繁にまがっているのが見えました。銀輪きらめく魚、チヌに 間違いありません。しかも結構良型。沖波戸へは船で渡るのかとあきらめかけていましたが、その人たちは、帰るときに左側の山に入っていきます。


【金焼き港から見た沖波戸(左側)】

やっとの事で駐車場所をみつけましたが、大きな課題がいくつかありました。まず、 駐車場所が狭く、通行する人の邪魔にならないように駐めなければならないこと。堤防までの距離が遠いこと。しかも帰りは急な坂を登らなければなりません。磯釣りの道具を全部持って歩くのはとても辛く、特に釣果が少なかった場合は心身ともにくたくた。満潮時は堤防に渡れないことやチヌ釣りの好機である冬場は逆風の北風が強くて釣りができないことも・・・・。夏や秋は途中の山道にマムシも出没していました。
しかし、最大の課題は場所取りが難しいこと。休日ともなれば熊本市や宇土市から の釣り人が大挙して押しかけて、争奪戦が繰り広げられていました。暗いうちから、 ヘッドランプをともして場所確保にいっていましたので、磯釣りと同じ状況です。し かも途中が、ちょっと怖い。
一番辛かったのは、春分の日に3人で釣っていて、自分だけ釣れなかったこと。釣 友や一緒になった宇土の人は45cm以上を数枚(真鯛も含めて)ずつ釣っているの に私は数枚のメイタ(小型のチヌ)のみ。途中で帰り家の仕事を済ませて再び挑戦しましたが・・・・同じ結果でした。仕掛けもほぼ同じで私が真ん中で釣っていたのに(釣り人『あるある』ですね)・・・・もう10年くらいご無沙汰していますが、まあよく通わせていただきました。懐 かしい、そしてありがたい場所です。

【終わりに】
趣味のことをグダグダ書きましたので、興味ない方には申し訳ありません。
左は戸の崎漁港に設置された看板です。これに「小さな魚は海に帰しましょう」を付け加えて、楽しく釣りを続けたいと思います。美しい環境、自然あっての釣りですから・・・・
ではまた、いつかお会いしましょう。

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