ひょっこりポンカン島

獅子が舞う石工とポンカンの里天草市下浦町

しもうらリレーブログ第10回「わたしの下浦八景」

はじめまして。天草市役所まちづくり支援課所属、中村です。
今年の4月から前任の後藤さんから下浦地区担当を引き継いだばかりで、わからないことも多くありますが、経験豊富な松岡会長、金子さん、その他役員の皆様と共に、行事の円滑な運営等に当たっていければと思っております。

私、生まれも育ちも牛深で、下浦との接点は市役所に就職してからになります。
その中で、まちづくり支援課に配属される前も下浦地区(を含めた上島全域)を回っていた時期がありました。
そのとき見つけた下浦のグッとくる風景(勝手ながら本稿では下浦八景と名付けます)を今回は写真と共にお伝えします。

(1)広域農道からの下浦

下浦特産の柑橘類の畑、町並み、海が見渡せます。

(2)新田
広域農道を降りると、平野が広がっています。一面の田んぼからこの時期は草のいい香りがして、窓を開けたままドライブすると気持ちがいいです。
この田園風景は江戸期の新田開拓で誕生したものだそうです。

(3)(4)船場の堤防と石柱、アコウ



対岸の下島がかなり近く見えます。干潮時には歩いて渡れそうなくらいです。牛深ハイヤの「本渡瀬戸徒歩(かち)渡り」とはこんなことを言うのかと思います。
石積みの堤防があったり、船の係留に使われていたのではと思われる石の柱や大きなアコウの木があり、歴史を感じさせます。

(5)商店
レトロな店構えにレトロな郵便ポストのお店です。
写真を撮る少し前までお店の方とお客さんが世間話をしておられました。
平成生まれの私には経験がないはずですが、「懐かしの昭和」感があります。

(6)石を使った標識、小物

石工の里だけあって、石碑が多いように感じます。案内の標識も石造りなのは地域の特色が出ていて面白いですね。
田んぼの揚水ポンプの土台に石が使われているのは石工の里であることを自然と見て取れて、そのさりげなさが好ましく感じられます。石屋の方の廃材を使ったブリコラージュなのだろうなと。
石工といえば、下浦石工の元祖は松室五郎左衛門と言われておりますが、そこからさかのぼること百年以上前に築城された棚底城跡から下浦石でできた茶道具が出土しているそうで、松室以前の時代から下浦石の産地として知られており、五郎左衛門は石を加工する技術を伝えたのか(6次産業化のはしり?)、はたまたそれ以前から石の加工技術を持った職人はいたが歴史の闇に埋もれてしまったのか、想像は尽きません。

(7)八坂神社

遠く八代方面まで見渡せる絶景です。岬の突端の高台にあり、ここにたどり着くまでの道のりも、絶景に感じさせる一因なのかもしれません。

(8)アウトサイダーアート
ここだけは写真がありません。以前は本渡方面から(7)八坂神社への道すがらにアドルフ・ヴェルフリを彷彿とさせるアウトサイダーアートがあったのですが、今回通ってみるとなくなっていました。Googleストリートビューで確認しましたが、2013年ごろにはまだなかったようです。幻の風景となっています。

いかがだったでしょうか。とりあえず、今の八景ということで、これから仕事をしていく中で八景が変わっていくかもしれません。それだけ地域を知っていくことになると思いますので、変わっていくことを楽しみに、今後の仕事ができれば幸いです。

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